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信州上田の旅と歴史
上田の旅         上田市

池波正太郎真田太平記館
いけなみしょうたろうさなだたいへいきかん
長野県上田市中央3−7−3
 文豪・池波正太郎の記念館が平成10年にオープンしました。代表作「真田太平記」から名を取って池波正太郎真田太平記館という長い名前です。
 建物は2階建てで、2階には池波正太郎コーナーと真田太平記コーナーが常設展示されています。今なお多くのファンを魅了する池波正太郎と「真田太平記」の魅力が味わえます。
 1階は喫茶ル・パシタンとグッズや書籍の販売、交流サロンなどがあります。「草の者」の世界が映像でわかる忍忍洞や「上田攻め」などを切り絵で再現したシアターなどもあります。
 この蔵の中はギャラリーになっていて風間完の真田太平記挿絵原画が展示されています。
 直木賞作家・池波正太郎は大正12年(1923)東京の下町・浅草に生まれました。兜町の株式仲買店の店員を経て、東京都の下谷区役所に勤務しながら戯曲を書き始めました。
 25才で長谷川伸に師事、本格的に劇作の指導を受け新国劇などを中心に活躍しました。昭和35年(1960)、「錯乱」で第43回直木賞を受賞し、役所をやめ本格的な作家生活に入りました。
 昭和43年(1968)に「鬼平犯科帳」、昭和47年には「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」の連載が始まりました。そして昭和49年に「真田太平記」が週刊朝日に連載され9年間も続けられたのです。
 真田一族の歴史に深い関心を抱き、名将真田昌幸・信之・幸村の活躍をテーマにした戦国歴史浪漫「真田太平記」は、歯切れの良い文章や人情味溢れる作風も手伝って大衆から支持を得たのでした。
 序章は上田城に迫る徳川・北条連合軍。昌幸・幸村父子と神出鬼没の「草の者」との絆。完結も生き残った信之を中心に描かれました。家康死後、憎悪に燃えた秀忠が真田藩に襲いかかります。危機に陥った信之を守ったのが生き残った草の者のおかげでした。



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