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信州上田の旅と歴史
上田・丸子の旅    上田市鹿教湯温泉

鹿教湯温泉
かけゆおんせん
長野県上田市鹿教湯温泉(旧丸子町西内)
 湯端通りを下り、文殊堂に向かう静かな渓谷にかかる屋根のある珍しい木橋は五台橋です。そこから薬師堂、文殊堂を通って紅葉橋までは渓谷沿いの散歩コースになっています。
 里山を歩くコースがいくつもあり、散歩して汗をかいたら途中で温泉に入ることもできます。最近きれいになった共同浴場「文殊の湯」は肌がすべすべになるといわれています。
 鹿教湯温泉の近くには、霊泉寺温泉、大塩温泉などがあります。鹿教湯温泉は一番西に位置していて標高750mの高地にあります。



薬師堂
やくしどおう
上田市鹿教湯温泉
 古い歴史を秘めた茅葺のお堂、薬師堂があります。病気平癒の仏様である薬師如来が安置されており、堂の周囲のわらじや草履は、信者が回復を祈念して奉納したものです。



文殊堂
もんじゅどう
上田市鹿教湯温泉1368
 文殊堂は行基が弟子園行に託して文殊菩薩を安置したと伝えられ、鹿教湯温泉は「文殊の湯」とも称されたそうです。現在は天竜寺に属しています。元禄14年(1701)に着工し、宝永6年(1709)に完成したそうです。
 はじめは、正面・側面とも柱4本の正方形の建物でしたが、後に下屋庇をつけたので、現在側面の柱は5本になっています。全体的に重厚な感じがあり、江戸中期における此の地方の代表的建築とされています。
 屋根は銅版葺き(かつてはこけらぶき)入母屋造で、正面中央の向拝(登り口で拝む所)付近や、四囲の欄間などに多くの彫刻が施されており、柱・組物などは鮮やかに色が塗られています。
また天井にも絵が描かれ、装飾豊かな建物となっています。江戸時代中期、元禄時代の仏堂の作風を明瞭に示す県内有数の建物です。

鹿教湯の伝説
 丸子の里に日ごろから信仰心の厚い1人の猟師が居りました。その猟師が山へ狩りに出かけたところ、1頭の鹿を見つけさっそく矢を放つと、命中したはずの鹿が矢を背に刺したまま山の奥へ奥へと逃げてしまいました。
 どんなに探してもその鹿を見つけられず諦めかけていると、背中に矢の刺さった鹿が気持ち良さそうに水浴びしているのが見え、猟師がそっと近づくと、怪我をしているはずの鹿が元気よく走り去りました。不思議に思って水溜りに近づいて見ると、なんとそれはこんこんと湧き出るお湯だったそうです。
 しばらくすると猟師の前に文殊菩薩様が現れ「日頃、信仰心の篤いそなたに応えて我、鹿に化身して湯のありかを教えよう、今後も信仰深くしてこの湯を広く世に知らしめよ」と言ったそうです。
 猟師からこの話を聞いた村人たちは、鹿が教えた湯「鹿教湯」と呼び親しんで、病気や怪我をすると、この湯に浸かって治したそうです。



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