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信州上田の旅と歴史
上田・菅平の旅    上田市菅平高原

菅平ダム
すがだいらだむ
長野県上田市真田町長(おさ)十ノ原(とおのはら)
 菅平への通ずる道を車で登っていくと、右手に大きなダム湖があります。そして小さな休憩所に「歓迎 菅平高原」のモニュメントが建てられています。
歓迎 菅平高原
 上田・小県(ちいさがた)地方は、日本有数の小雨量地域です。ダム近辺の30年間の実測値でも、年間降水量が800mm程度しかありません。豊富な雪解け水を上田市にの水瓶にするため昭和43年10月に神川総合開発事業の一環として菅平ダムが完成しました。
菅平ダム
 上田市染谷台にある上田市上水道の浄水場に、1日あたり3万トンを供給しているそうです。春は桜、秋は紅葉が素晴らしい景観です。冬は多くの渡り鳥が楽しませてくれます。
菅平湖


唐沢の滝
からさわのたき
上田市真田町長(おさ)十ノ原(とおのはら)
 唐沢の滝は国道406号線沿いで菅平湖と菅平の中心街との間くらいの所にあります。高さ約15m、幅約10mの唐沢の滝は、遊歩道を少し歩けばすぐ目の前で見ることができます。
 新緑・紅葉の頃の美しさは抜群ですが、冬の凍った滝も魅力があります。菅平には多くの洞穴や岩陰がありますが唐沢は最大級だということです。
新緑の唐沢の滝
 この場所は菅平唐沢岩陰遺跡でもあります。標高1240mの唐沢に沿った溶岩流末端には縄文時代や弥生時代のものが発掘されています。
冬の唐沢の滝
 昭和38年(1963)の発掘調査では縄文式土器、石器、弥生式土器、土師器、骨角器が多数発見されたそうです。
冬の唐沢の滝




菅平高原
すがだいらこうげん
上田市菅平高原


 菅平高原は、標高2207mの根子岳(ねこだけ)や標高2354mの四阿山(あずまやさん)、それに連なる山々の総称で本州中央部に位置しています。
菅平国際リゾートセンター
 東側には浅間山、高峰高原があり、北側には志賀高原が位置します。一帯は上信越高原国立公園です。
 花の百名山の「根子岳」と日本百名山の「四阿山」のふもとに菅平高原は広がっているのです。中心部の標高は約 1300mです。南北約7kmあり、東西は約10kmの広い高原です。
菅平中心街
 菅平はスポーツのメッカになっています。夏のラグビーは全国から800もの団体が合宿の地として集まってきます。77ものグランドは日本一を誇っています。 
白銀ゲレンデ
 冬はスキー・ボードのメッカになります。コース数36本というトップクラスの規模を持ち、ヨーロッパのウィンターリゾートを思わせる美しい自然も持ち合わせています。
 菅平には菅平高原という名のスキー場はありません。ダボス、太郎、パインビークという3つエリアに分かれているのです。
 ダボスエリアはハンネス・シュナイダーがスイスのダボスに似ていることから、「日本ダボス」と名づけたそうです。シュナイダー、表ダボス、裏ダボス、菅平カントリーがある奥ダボスのゲレンデがあります。
 太郎エリアは東急系のハーレースキーリゾートを含んでいます。太郎、裏太郎、白金、天狗のゲレンデがあります。日の出ゲレンデではナイターができます。
 パインビークエリアは大松山にあるゲレンデです。ダボス・太郎とはリフトなどでつながっていないので車で移動することになります。全日本スキー連盟公認のチャンピオン、グランプリコースがあるオオマツゲレンデと全日本アルペンナショナルチームが合宿に利用したつばくろゲレンデがあります。
大松山
 菅平高原には、日本ダボスと呼ばれるダボスの丘があり、スイスのダボスとの姉妹都市を記念したダボスの塔、そして日本に近代スキーを伝えたハンネス・シュナイダーの記念碑が建っています。
シュナイダー記念碑
 記念碑の前には「父ハンネス・シュナイダー生誕100年・来日60年記念祭に菅平を訪れる」と書かれた碑文がありました。
シュナイダー記念碑
 このダボスの塔が建っている1平方メートルの土地はスイスの姉妹都市ダボスのものなんだそうです。ダボスには逆に菅平の塔があり、菅平の土地になっているそうです。
シュナイダー記念碑
 ダボスの丘から見た根子岳(左側)と四阿山(右側)です。冬のヘリスキーを利用すればあっという間に根子岳山頂に行くことができます。
 夏は根子岳・四阿山のトレッキングが楽しめます。菅平牧場の入り口で入山料を払ってから2時間ぐらいで根子岳頂上まで歩けます。
 そこから四阿山山頂まで行くこともできます。更に1時間半ぐらいかかりますが。
 菅平高原のラグビー合宿は有名です。有名チームとの対戦の時、近くのコンビニが日本で最高の売り上げをあげたと聞いています。
 ラグビーの歴史古くは昭和6年から始まったそうです。法政大学ラグビー部が戸倉温泉(現千曲市)で合宿をしていたそうです。
菅池
 上田丸子電鉄専務が新築した菅平ホテルを使ってもらえないか話を持っていったのがきっかけとなったそうです。そして法大ラグビー部は8月の中旬、部長以下40名をひきい、始めての合宿練習を行なったそうです。
 早稲田大学ラグビー部も昭和7年より菅平で合宿を行なうようになり練習試合も行なわれました。その後、同志社、青山学院、日本体育大学をはじめ関東、関西の各大学も菅平に来るようになりました。昭和42年、日本ラグビーフットボール協会が初めてナショナルチームを編成して菅平での合宿をしたそうです。現在菅平のグラウンドは77面を数え、合宿をするチームは800を越えているそうです。


サニアパーク菅平
菅平高原スポーツランド
真田町大字長字十ノ原1278-244
 1999年5月にオープンした総合スポーツランドです。サッカー、ラグビーができる多目的グランドが5面あります。そして400mトラックのある最新のメイングラウンドの陸上競技場があります。4000人も収容できるそうです。
サニアパーク
  各グランドが年間を通し、良質の芝生で覆われ、サッカー・ラグビーの公式試合も開催可能な最大規格の競技スペースを確保しているのです。敷地面積は185221平方メートル(南北約560m×東西約330m)あるそうです。
サニアパーク
 気軽にできるマレットゴルフ場なども備えています。公認陸上競技場としては標高1300mという、日本で最も標高の高いところにあります。このことから準高地トレーニングにも最適です。全国の強豪チームの試合にも使われています。
サニアパーク



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