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信州上田の旅と歴史
上田・冨士山の旅       上田市

西光寺
さいこうじ
長野県上田市富士山(ふじやま)3036
 西光寺の金剛力士像は上田市の文化財に指定されています。須坂市の米子の不動寺にあった像が宝暦年間(1751-1764)に移されたものだそうです。
西光寺仁王門
 何故移されたのかは判明していませんが「米子のお不動さん」の信仰は菅平のある大笹街道を越えて上田で広く信じられていたようです。
金剛力士阿形●
 仁王門内には向かって右に大きく「あ」と口を開けた阿形と、左に「うん」と口を結んだ吽形が配置されています。
金剛力士吽形
 二体とも檜の寄木造りです。像の高さは232cmもあり堂々としています。力感あふれる動きのある造形は鎌倉時代の特徴を表わしていて13世紀頃の作品ではないかといわれています。
西光寺山門
 松本山西光寺は真言宗の寺院です。空海が大日如来と阿弥陀如来の仏像を彫って、小堂を建てたのが始まりといわれています。
西光寺本堂
 正応4年(1291)に塩田北条氏が開基となり、足利市の足利鶏足(けいそく)寺の実勝和尚を招き開山したそうです。古堂より大日如来を移して西光寺の本尊にしたといわれています。
西光寺阿弥陀堂
 西光寺の阿弥陀堂は県宝に指定されています。普通、阿弥陀堂は方三間の宝形造りが多いのですがこの堂の場合は奥行きが深くなっています。正面三間(5.45m)で奥行きは四間(7.27m)で前方柱間一つ分が吹き放ちの拝所となっている変わった造りです。
西光寺阿弥陀堂
 延宝6年(1678)西光寺は前山寺の末寺となったそうです。享保元年(1716)に本堂が再建され、宝暦6年(1756)山門である鐘楼門が建てられています。
西光寺阿弥陀堂
 弘化3年(1846)本堂と庫裡などが火災のため焼失してしまいました。阿弥陀堂と山門は難を逃れたそうです。
西光寺阿弥陀堂
 阿弥陀堂は、改造されていましたが、平成元年(1989)の修理工事で当初の形式に復元されたそうです。
西光寺阿弥陀堂



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