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信州上田の旅と歴史
旧上田市内散策    月窓寺

月窓寺
げっそうじ
長野県上田市中央6−4−13(鍛冶町)
 永禄元年(1558)常田隆永が常田に堂宇を建立したのが月窓寺のはじまりだそうです。第一次上田合戦で焼失し、その後この鍛冶町に再建されたそうです。

 真田幸村(信繁)の法名は月窓伝心というそうです。そのため幸村が月窓寺を再興したともいわれています。寺号も伝心山月窓寺から伝叟山月窓寺となったそうです。

 月窓寺の唐門は竜宮城を連想させます。禅宗である曹洞宗のお寺とは思えません。下層天井には龍の鏝(こて)絵が描かれています。
月窓寺唐門

 幸村が関ヶ原の戦いに敗れ九度山へ蟄居の旅に発つときにこの寺へ馬具や遺品を納めたそうです。
月窓寺本堂

赤松小三郎の遺髪の墓
 月窓寺には幕末に薩摩藩士により暗殺された軍学者赤松小三郎の遺髪の墓があります。赤松小三郎は天保2年(1831)に生まれました。
赤松小三郎墓

 勝海舟の門下生となり長崎の海軍伝習所で学びました。英国式兵法に精通し慶応2年(1866)京都の薩摩藩邸で軍事教練を指導しました。

 慶応3年(1867)議会政治を要求して政治改革建白書なども提出しています。その年に幕府のスパイだと疑われ薩摩藩士により暗殺されてしまいました。弱冠37才だったそうです。



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