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信州上田の旅と歴史
上田・小泉の旅       上田市

高仙寺
こうせんじ
長野県上田市小泉2075
 驚覚山「高仙寺」は新義真言宗智山派の寺院で、大同元年(806)に大日堂を創建したのがはじまりといわれています。
 延暦年間(782-805)征夷大将軍である坂上田村麻呂が東夷平定のためここを訪れ、平定成就と無災願望を祈願したそうです。
 無事平定後、帰陣の際立願通り方十二間四面の伽藍、朱門、十二坊、仁王門を大同元年(806)竣工しました。高仙寺は大日堂の別当寺として建立されたのでした。
 左の写真は参道に通ずる高仙寺並木です。上田市の記念物に指定されています。
高仙寺参道並木
 高仙寺は天文11年(1542)に茅葺に改修されたそうです。坂城の雄・村上義清と甲斐の武田信玄とが戦った上田原合戦で天文17年(1548)大半の堂宇を焼失しました。大日堂だけは奇跡的に焼け残ったのです。
高仙寺
 寺宝には銅製の懸仏(かけぼとけ)と呼ばれる御正体(みしょうたい)があります。銅板に仏像をあらわし壁にかけて礼拝したものです。この御正体は鏡板・本地仏とも銅製御正体としては県内では最古のものとみられています。
高仙寺本堂
 また銅でできた馨(けい)と呼ばれる古代中国の原始打楽器を仏教にとりいれた寺宝もあるそうです。鎌倉時代の制作で形制を知ることのできる非常に貴重なものだそうです。
高仙寺石垣


小泉大日堂
こいずみだいにちどう
上田市小泉2075
 小泉大日堂は、大規模な五間堂です。屋根は宝形造り(ほうぎょうづくり)となっています。細部の様式的特徴から室町時代後期の建設と考えられています。
小泉大日堂

 小泉大日堂は県内に残る貴重な中世の大規模仏堂の遺構です。上小地方では、国分寺の薬師堂に次いで2番目に大きなお堂となっています。
小泉大日堂
 上田市の有形文化財(建造物)にも指定されています。柱間が五間(実尺16.55m)四方で長野県下では一番大きい宝形造りの堂なのです。
小泉大日堂
 堂が建てられたのは室町時代の中期と推定されています。江戸時代の大修理で屋根をはじめ、外壁、天井その他細部の模様を崩してしまいました。
小泉大日堂
 昭和55年(1980)復元大改修で確証の残る部分をすべて原型に復したそうです。屋根の銅板葺はこの改修にあたり取り入れたそうです。
小泉大日堂
 大日堂の裏山で「シナノイルカ」や「クジラ」の化石が発見されています。県の天然記念物に「小泉のシナノイルカ」として指定されています。
 昭和9年(1934)小泉の蛇川原沢で工事中に発見され、京都大学教授槙山次郎博士によって命名されたそうです。
 全長1.2mあり、頭蓋・下顎・歯・舌骨・頸椎・胸椎・肋骨・肩胛骨・手など、ほとんど全身がそろった貴重な化石だそうです。歯が極めて小型で簡単で、手が長い特徴があるそうです。



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