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信州上田の旅と歴史
旧上田市内散策       上田市

宗吽寺
そううんじ
長野県上田市中央2−14−6
 海堂山「宗吽寺」は真言宗で紀伊高野山の末寺です。もともとは上田城の堀近くにあったものを上田城築城の時にここに移したといわれています。開山は什慶といわれ、中興は慶英といわれています。
宗吽寺山門
 宗吽寺は上田藩主の祈願寺となり、松平氏の参勤交代の折りには、江戸への出立の吉日をこの寺が選んだといわれています。
宗吽寺本堂
 この念珠は珠が108個あり煩悩の数と同じになっているそうです。母玉を一廻りさせることで煩悩を払うといわれています。
念珠廻し
 本堂前にある石幢(石造物)は六地蔵塔で石灯籠として使われていたものだそうです。石幢は六角形の石灯籠型で6面に6地蔵を浮き彫りにするタイプか、6面に窓を開けて内部に6地蔵を置くタイプが普通だそうです。
宗吽寺石幢
 「正平4年」(1349)と彫られています。南北朝時代の南朝の年号だそうです。ということは当時、このあたりは南朝方についていたようです。
宗吽寺石幢


日輪寺
にちりんじ
上田市中央2ー14−3
 天照山「日輪寺」は曹洞宗のお寺です。山門の奧の正面には普門閣とよばれる観音堂があります。寺の名前は真田氏の本家にあたる海野氏の海野幸義の法名の日輪寺殿に由来しているそうです。
日輪寺山門
 天文14年(1545)用山光受を開山にして海野幸義が開基したそうです。幸義が亡くなった後、海野氏の守り本尊であった聖観音が祀られたそうです。また別棟には子安観音も祀られたそうです。
日輪寺観音堂
 普門閣に掲げられている額は月舟宗胡禅師が書いたものだそうです。曹洞宗中興の師といわれる高僧だそうです。
日輪寺観音堂
 本堂は普門閣の手前の左にあります。寺の紋は真田氏と同じ六文銭です。8月にはりんご祭りが行なわれます。
日輪寺本堂



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